Real Estate Investment Trust

Jリート(REIT)は、なぜ生まれたのか?

はじめに、Jリート(REIT)の成り立ちや成立理由などの経緯を振り返りましょう。リートに投資するうえでの重要なヒントになると思います。

リートは、国策って聞いたことあるけど、どういう意味だろう?

Jリート(REIT)が生まれた頃ってどんな時代だった?

初めてJリートとなった日本ビルファンド投資法人(8951)が上場されたのは、2001年9月でした。

2001年って、皆さんは何をやってましたか? わたしは、まだ就職したてで、そもそも就職するときは、超のつく就職氷河期でしたね。とにかく景気がよくなかったということだけ覚えています。

Jリートはそんな時代に生まれていますので、なんとなく不景気が生んだ制度ということは察しがつくと思います。

バブル経済が発端

そもそも1986年から1991年の間に起きた社会現象は、バブル経済って言われてますが、資産価格の高騰と好景気に日本中が湧いた頃ですね。この頃マハラジャとかのディスコで踊っていた人たちは、バブル世代なんて言われています。

不動産価格がどんどん上がっていったので、住宅すごろくだとか土地神話とかがあって、不動産価格は上がり続けると信じられていた時代です。 この頃に建てられた湯沢のリゾートマンションがいま二束三文で売られているのは、有名な話。

最近聞いたようなことですが

こうなった一因として、そもそもがバブルが生まれるまでの間には、低金利政策による日銀の金融緩和が実施されてきた経緯があったわけです。

財政再建のための赤字国債からの脱却や金融緩和による円高の回避という名のもとにということで、、、あれ? 最近も聞いたことあると思う人もいるでしょうが、いつか来た道なんですね。

でも、流石に不動産も高騰すると買える人が限られてきますし、国の方もやっぱりこれはそろそろマズいなということで、銀行に指導をして不動産に対する融資も絞られ始めて、いよいよ、バブルがはじけたと言われています。

その後の1991年以降は、失われた20年とかロマンっぽく表現してみたりしていますが、要は景気後退期のデフレ入りです。

Jリート初の上場が2001年ということですから、失われた20年の10年目に登場したことになりますね。

銀行の融資が急速に絞られると、不動産を買える人が少なくなって、不動産の価格が下落するんだね。

Jリートが生まれた理由

さて、この失われた20年の最中にJリートが生まれたというのが、大きなポイント。バブル崩壊後、企業は業績が悪化して、銀行からの借金の返済が滞ったり、倒産したりということで、巨額の不良債権が発生していました。

銀行としては、融資の担保になっている不動産を売却して不良債権処理をすることになります。でも、不動産はとっくにバブルがはじけて価格が下落しているので、この先さらに下がるんだろうなんて言われて、なかなか売れないわけですよ。

国の救済策

そこで、国は、救済策として、不動産売買を活性化させようと、2001年に不動産投資信託市場を創設しました。これがずばりJリートの始まりです。つまり、Jリートの生まれた理由は、そもそも国策なのですね。

バブル崩壊後、手に負えなくなった不良債権処理をなんとか進めるために作った制度ですが、悪意をもって表現するならば、投資家にも不良債権のリスクの片棒を担いでもらおうという制度とも言えます。

リートは、米国で1960年から創設され、1992年以降から急激に成長したと言われています。

新しいリスクの担い手

こうして国は、従来まで、一部の企業や機関投資家のような人たちの市場であった大型不動産市場を一般の個人投資家レベルの人たちまで参加できるような仕組みを作ったのです。

話の筋としては、最近のクラウドファンディング現象と似てませんか? 銀行が負えないリスクの一部をクラウド(群衆)に背負わせて、資金調達(ファンディング)するのです。

まあ、Jリートの方が国策ですから、なんぼかマシというものですが、やはりこうしたJリートの成り立ちは知っておくべきことです。なんでかって言うと、これがJリートの抱えるリスクでもありますし、強みでもあるからなんですね。

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